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一日に自殺未遂を三回した話

はじめまして。mgと申します。

自殺しようと思った経緯、わたしの今までの人生については後々機会があれば適当に書きます故、一先ず死のうとした話にお付き合いください。

 

 

死のうと思った。
理由は何だと聞かれたら、きっと上手く答えられないけれど、兎に角死にたくて仕方がなかった。

 


遺書という遺書は書かなかった。
ただ、警察が絡むと厄介らしい(誰かのブログで得た知識)ので、
「自分の意思です ごめんなさい」
と紙に残しておいた。
ごめんなさいも何も、誰に何を謝っているのか自分でもわからなかったけれど。

 

 


はじめに、首を吊ることにした。


過去に処方されていた睡眠薬を三錠ほど飲んでから、普段は正しい使用方法で使っている黒いベルトを利用してベッドの柵へと輪を作り、
「跡が残ったら親に問い詰められるなあ」
なんて思いながらタオルをベルトに巻いた。

これできっと、未遂に終わってもバレることはないだろう。
こんなことを思っているなんて、本当は死にたくないんじゃないかとも思ったけれど、それすらどうでもよかった。
死ねたらラッキー、くらいの感覚。
所謂非定型で吊ったので、うつ伏せに寝ている状態で首だけが絞まっている姿勢だった。
そしていい雰囲気にしておかなければと、今一番ハマっている神聖かまってちゃんを流しておいた。

神聖かまってちゃん、いいよね。

落ち着きたい時はCocco、とことん落ちたい時は神聖かまってちゃんを聞いているけれど、音楽もある意味薬だと思う。

用法用量を守って聞きましょう。

迂闊に聞きまくるとメンタルから死んでいくよ。

ここまで来てふと気付いた。
こいつ自殺を楽しんでると思われそうだな。
でも、実際楽しかった、楽しくて仕方がなかった。


今から死ねる、ようやく死ねる。


この解放感、分かるかな。
分からない方がきっと幸せだから、うん、分からなくていいよ。
まあそんな訳で、「おやすみ世界」なんてゆるふわ系メンヘラのような事を思って、そのまま眠った。

 


結果、普通に起きた。

しかもたった一時間程で。

良いお昼寝だった、快眠快眠。

 

そういう問題じゃねえんだよ。


配慮した通り、首に跡すら残らない自殺未遂だった。
何が足りなかったのか、どうして死ねなかったのか。

起きた時の絶望感は人生最大だった。

学校が嫌だった時の朝以上の絶望感だった。

いっそ殺してくれ。

失敗したのに殺してくれも何もない。

ヤケになって次の方法へ移ることにした。

 

 

次に、袋を使って窒息死しようとした。

これね、案外苦しいんです、窒息死だから苦しいに決まっているけれど、首吊りとは違った苦しさ。

首吊りは上手に出来たら苦しまずに逝けるらしいけれど、これはそう簡単に逝かせてくれなかった。

睡眠薬が先程の自殺未遂(昼寝とも呼べる)で切れかけてしまったので、再度睡眠薬を何錠か…記憶にはないが、数錠飲んで眠気が来るのを待った。

この時のわたし、凄くドキドキしていた。

次こそこの世界からさよならバイバイ出来るのか、起きたらどうなるのか…そもそも死んだら起きないよな、どうなるんだろう。

こんな好奇心旺盛な気持ちで溢れていて、薬の効きが遅かった。

一時間経つか経たないかくらいでようやく訪れた眠気。

待ってましたと言わんばかりに(実際待っていた)袋を被り、ゴムで首の部分を縛った。

テープでもぐるぐる巻いていれば成功しただろうに、眠気と早く死にたい気持ちでそこまで思考がまわっていなかったのだ。とんだ馬鹿野郎である。

ちなみに袋は、中学生の頃に行ったネズミーランドの袋だ。センスはまぁまぁ良いんじゃないだろうか、少なくとも地元のスーパーの袋を被って死ぬよりは余程可愛げがある。

これまでに何度も自殺未遂をしてきたmg、中学の時の物をよく使って実行するなぁと今気づいた。鉢巻とか鉢巻とか鉢巻とか。鉢巻だけだったわ。

これもまぁ、中学の頃のクソみたいな思い出への当て付けのような気もするけれど、深層心理なんて自分にもわからない。

前置きが長くなったけれど、このブログを書いているということは皆さんお気付きの通り、失敗した。

確かに袋を被って寝たはずなのだが、起きたら袋は枕元にぐしゃりと潰れて置いてあった。

ここで二度目の絶望感が訪れる。

ちくしょう!だいなしにしやがった!お前はいつもそうだ。

この袋はお前の人生そのものだ。お前はいつも失敗ばかりだ。

お前はいろんなことに手を付けるが、ひとつだってやり遂げられない。

誰もお前を愛さない。

 

 

 

三度目の正直、オーバードーズ

正直とか何だか格好いい事を言っているけれど、たかが処方薬。毒でもあるまいし死ぬはずがない。

でももうこの時のわたしには、そんな当たり前の事ですら考える余裕がなかった。

二度も失敗して、今日のためにお盆にはご先祖様に待っていてくださいとお祈りしたこの身。

早く死にたい、死なせてくれ、そんな気持ちしかなかった。

例えば事業に失敗したとか、職を失ったとか、そういう明確な理由はなかった。

ただただ、死にたい。生きていたくない。死ななければいけない。

一度浮かんだ思考は消えることなく留まり続け、膨らんでいく一方なのだ。

さて、ここからの記憶は殆どが曖昧である。

睡眠薬、精神薬、後々家族から聞いた話だと「40錠」と飲んだ量を言ったらしいが、アホすぎる。これで死ねると思ったのか。

兎も角ODをしたのが日中で、親が帰ってくる夕方には完全にキマっていたであろう。

睡眠薬も込みだから、キマっていたと言ってもハイになる方ではない。

記憶がほぼ無いので何とも言えないが、この後日付を跨ぐ頃に市の病院の救急外来へ連れて行かれ、点滴を受けた。

恐らく時間が経っていた事、量が少なかったことから胃洗浄はされなかったのだと思う。

嘔吐恐怖症であるわたしが嘔吐くくらい、今回のODは身体に負担を掛けていた。たった40錠だけど。だからといって良い子は真似しないでくださいね。

点滴が終わり、医師に「何故こんなに薬を飲んだのか?」と聞かれ、わたしははっきりと「死にたかったから」と答えた。室内には女親も居て、それがどれほど女親へ響いたかは分からないが、その気持ちを知ったところでわたしはまた自殺を図るだろう。

 

 

長くなったが、これがわたしの今回の自殺未遂レポ(?)である。

未遂にしてもやる気の感じられない方法ばかりだが、今度こそはちゃんと死ねるように懲りずに挑戦していくつもりだ。

また、今回の記事はあくまでわたしの経験であり、自殺を推奨する記事ではない。

少しでも苦しみがなく生きられるのなら、精一杯幸せに生きたいよね。

 

最後に

生きることは大変だが、死ぬことも大変である。