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自分の顔が嫌いな話

月曜の朝、新しい週が始まるぞということで社会人・学生の皆さんお疲れ様です。

ニートには関係のない話でした。

おはようございます。午前中に起きることが出来るようになって少し達成感を感じているmgです。

もうそろそろ自己紹介しなくても良いですよね、次からは名乗らずとっとと本題に入ろうと思います。

今回は「自分の顔について」です。顔だけでなく、体型や肌の色から髪質まで全てを含めているので、見た目全般ということにして話を進めていきましょう。

 

 

 

 

自分の顔が嫌いになったきっかけ

元々わたしは、自分の容姿に自信を持っている人間でした。

中学二年辺りまでは本当に自意識過剰なくらいで、いじめられていた時でさえ「自分は容姿がいいから僻まれていじめられるんだ」なんて思っていました。

とんだ勘違いだ。

いじめの理由にもなりやすい恋愛。特にその恋愛が絡んだ時の嫉妬って二つに別れると思うんです。

「ちょっと可愛いからって…」と「ブスのくせに…」の二つです。

前者を言う人はあまり見ないですね、個人的には前者のほうがされてハッピーになれる嫉妬なんですが。わたしの場合後者だったのでしょう、きっと。

クラスの女子が狙っている男子と話せばその男子に女子が揃いも揃って

「mgが狙っているから気を付けたほうが良い」

なんて本人に忠告する始末。

狙ってねえわ。話くらいさせろや。

まぁね!そんなこと言われてすぐ避けるような男に興味なんて微塵もないですけどね!(必死の言い訳)

この時のわたし、その男子が結構仲のいい人だと自分で勝手に思い込んでいたので後でトイレに行ってこっそり泣きながらリスカしました。

中学二年、厨二病ではありませんでしたが丁度この頃リストカットというストレス発散法を覚えてしまったので狂ったように切っていました。血が出にくい体質で、かすり傷のようなリスカだったけど。

 

閑話休題。話を戻します。

 

そんなこんなで自分が可愛いからいじめられると思っていた黒歴史時代、学年が三年に上がる時に更新される学生証の顔写真であることに気付きました。

あれ…わたしってブスじゃね…?

その写真に写っていたのは、左右非対称なパーツ類にボサボサの眉、重く肉が乗っていて最早一重にしか見えない奥二重、黄色くくすんだ肌、毛穴、無愛想な顔。

気持ち悪くて、吐き気がした。

なんだこれ、これは誰だ、わたしじゃない、わたしの顔はもっと、もっと、

強烈な吐き気に襲われつつぐるぐる止まらない思考で必死に否定するも、そこに写るのは紛れもなく自分自身です。

自分がブスだと気付く片鱗はありました。

女子ならきっと大抵が嫌いであろう、他撮り。

あれがまあとてつもなくブサイクだったんですが、当時のわたしはそこで不安になる度に母親に聞きました。

「わたしってブサイク?」

と。

かの有名な都市伝説みたいですねこのセリフ。本家はちょっと違うけど。

すると母親は言うのです。

「mgは美人さんだよ、なんてったって私の娘なんだから」

今思えば、母親も自分の娘がブサイクだなんて認めたくなかったんでしょう。

母親は美人です。それ相応の扱いも受けてきたようでした。

だからこそ、娘がブサイクだなんて有り得ない、私の子どもなんだから美人に決まっている。

母親がそう思い込みたいだけだったのかもしれない言葉に、まだまだ幼稚なわたしは安心していました。

良かった、わたしはブサイクじゃない、大丈夫、と。

でも実際写っているのはわたしで、ブサイクなわたしで、それは紛れもない事実だということを知ると同時に、今まで自分を褒めてきた人達の言葉が全てお世辞だと気付きました。

中には本心で言ってくれていた人もいたのかもしれません。

でも、自分で自分をブスだと気付いた以上、褒め言葉は逆に苦しいものに変わり、信じられない自分も嫌になりました。

今でも中学の頃の写真を見ると気持ち悪くなり、涙が出ます。

 

高校にあがってからも、とあるグループで話していた時に、わたしが別クラスの美人な子に似ているという話になりました。その子は一年でミスコンに入賞しました。それと同時に、あの子とわたしが似ているという人は誰も居なくなりました。

 

この時初めて、人生でたった一度だけ、鏡を割った。

罪悪感が大きくて二度としないと誓った。

 

 

 

 

自撮りに依存する

高校になると、携帯を買い与えられるようになりました。

初めての携帯、スマートフォン

嬉しくて嬉しくて堪りませんでした。

そして覚えた自撮り。これがまさかそこまで依存性があると思ってもみませんでした。

初めはスマートフォンも不慣れなため、フィルターのついたカメラで角度を付け自撮りする、気に入らないパーツはスタンプで隠す。

それで何とか納得の行く写真になっていた。

でも、スマートフォンに慣れ、色々なアプリを知り使っていくうちに、フィルターだけでは誤魔化しきれないブサイクだと確信。

ここから自撮り依存というものになっていったんだと思います。

肌を整えて、肌色を変えて、輪郭を削って、左右非対称なパーツを変形させて対称的にさせ、目を大きくし、覚えたての化粧が際立つように更にフィルターをかけ…

一度覚えた技術は駆使し、今では自撮り=自分の顔ではなく、自撮り=理想の顔へとなっています。

最近だとSNOWや他のアプリでも、簡単に一瞬で盛れるようになって便利ですよね。

その盛れの上から更にパーツ編集をしないと納得出来ない顔って本当に、何なんでしょう。ブスにも程がある。

誰に見せる訳でもなく、容姿が不安になったらとにかく数百枚単位で自撮りをし、加工をし、その中で一枚でも納得の行く写真があれば安心しますが、無ければブスを嘆いて泣き喚く始末。完全に病気です。

世には醜形恐怖という病気があるそうですが、わたしは唯の醜形なのでこれには当てはまらないと思ってカウンセラーや担当医には一度零したきり言っていません。コイツ自覚のあるブスなのに何でどうにかしようと思わないんだ、なんて思われでもしたら自殺するしかなくなりますし、容姿でこれ以上傷付きたくない。

 

 

 

 

それでも消えない承認欲求

今でもわたしは自撮りをし、加工をし、その写真をTwitterに載せてはいいねの数で一喜一憂しています。

本当に自分をブスだと思っている人は自撮りをしないだとか、そういう一般論はどうでもいい。そういう人もいるかもしれないけれど、自撮りをすることで精神を安定させている人も居ます。わたしみたいな人、居るって信じてる。ひとりこわい。

わたしは、わたしが満足するために自撮りをSNSへアップしている。

自分がブスなのはもう散々分かっているんです。

でも、加工した自分はちょっとだけ好き。自分であって自分でない、理想形に近いわたしだから。

流石にこの顔でも整形したら明日花キララになれるとか、橋本環奈になれるとか、そんな無理なことは思っていません。

自分の生まれつき持ったパーツと配置でなれる限界、それがわたしの理想形であり目標です。

ちなみにこの理想形を実現させるための整形費用はというと、これくらい。

確かTwitterで呟きました。

 

一般的な金額計算なので、これより増減はあるかと…ツイートに記載の通り、メンテ代や化粧品代、サプリメント代等も重なっていくわけですし。

 生まれつきこの金額を持っている人、羨ましいです。死ぬほど。

美人な人はそれだけで自分に価値がある。自覚してない人を見ると泣きそうになります。泣いてばっかだなわたし。

以前の記事でも書いたように、わたしの姉と妹も美人なんです。

系統は違えど、美人です。家族贔屓なしで見てもです。見せたいくらいです。

だから家族で集合写真なんて撮りたくないんですよね、本当は。

自分だけブサイクなの、顕著に現れるから。

 

 

 

 

結局、整形はするの?

今はまだ分かりません。

現在の心身の状態、環境、経歴、言い訳をするならたくさんありますが、とにかく今は働いていないので。

まさか親に「整形するからお金くれ」なんて言えません。

でもいずれは、綺麗になるために、理想に近づくために、努力してお金を稼いで、外見にお金をかけていこうと思っています。

美容を中心にした、有益な情報を呟いて下さるツイッタラーさんも参考にしていますが、見れば見るほど現状が嫌でどうしようもなくなるので、程々にしています。

美容垢を見て気付いたことは、自分は美人を見てモチベーションが上がらないということ。

下を見てこうならないように、と思う方が自分には向いています。かといって自分より下なんてそうそういないんですが。

 

 

わたしの目標は、綺麗になって、スタートラインに立つ。

これに尽きます。

綺麗になってよかったゴール、ではなくて綺麗になってからが始まりだと思っています。

何年、何十年も掛けたくないですが、無理だと悟ったらスッと消えるのであまり思い詰めずに地道な努力をしていきたい。

 

今は安定剤のお陰で心に余裕があるからこんなことを言えるのであって、後々不安定な時にこの記事を読んだら

「何で綺麗になれないんだいつまで努力したらいいんだもう死ぬしか無いブスでも死んだら顔なんて見えなくなる死ななきゃ」

ってなることが目に見えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元々綺麗だったらこんなに悩まずに済んだのになあ。