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不登校・精神疾患患者への対応の話

おはようございます。昨日は安定剤でキメッキメのためただただ思いをぶちまけるだけの記事になってしまっていて朝から混乱しました。mgです。

ちなみに今聞いている曲が「カタオモイ」という曲なんですが、片思い、精神衛生上良くないですよ(大声)

 

今日は不登校の人・精神疾患患者への対応について自分の体験も交えながらお話しようと思います。主観が多いですので、「自分はこうして欲しい」という思いがありましたらコメントでもTwitterにでも書いていただけたら参考にさせて頂きます。

 

 

うつ病に頑張れは本当に禁句なのか」

こういった呟きや記事を最近よく見るなぁと気付いた。

確かに頑張っている人に頑張れなんて言えないが、そういうことではないんじゃないか?とふと思う。

そもそも、頑張れと言う側に深い意味なんてない。

自分がどれだけ頑張っていても、他人は平気で頑張れ、を口に出す。ただ本当に深い意味はないのだ。相手はそれほど自分を見ていない、取り敢えず応援しておこう、くらいの感覚でしか言っていない。それに対してわたしはこんなに頑張っているのに、と思っても相手からしたらそうなんだごめんね、くらいの感覚でしかない事をわたしは最近知った。

 

「頑張れ」とは大変無責任な言葉だ。何故なら、頑張りとは一人のものでしかないから。

 

「頑張れ、何かあったら協力する」と「頑張れ」は全然違う。

後者からは「頑張れるでしょう?出来るでしょう?」と、何処か責められている、追い詰められているように感じる。その点、「協力する」と言ってくれるだけで自分は一人じゃないんだ、何かあっても頼れる人がいるんだ、と少し安心感を得られる。

要は言い方、伝え方の問題なのだと思う。

それらと同様、不登校の人間に「学校へ行きなさい」と言うのと「もし無理だったら休んでも良いんだよ」と言うのは全然違う。

甘え、と言われるかもしれないが、本当に学校へ行きたくないもしくは行けない人間にとって、その言葉ひとつひとつにどれだけ影響力があるだろう。ここで選択肢を間違えたらその人の人生は大きく変わってしまうかもしれない。

言葉は、人を殺す。

 

また、精神疾患患者に「働け」「運動しろ」と言っても出来ないものは出来ない。

骨折している人間に「運動しろ」とは誰も言わないのに、何故心の病気となると途端に何でも出来る人間だと思いこむのだ。病気なんだ。出来ることと出来ないことがあるに決まっている。重症患者なら尚更だ。

 

大体の場合において、不登校精神疾患患者の気持ちを揺らがせ悪化させる原因は、親や家族にあると思う。

勿論それ自体になってしまった事は誰の責任でもない。

場合によって原因があったりもするが、それをこの先どう治して癒やしていくかが大切なのであって、なったものは治すしかない。しかしそのプロセスにプレッシャーを与える人間、ストレス要因を作る人間が介入するとどんどん状況が悪くなっていく。癒せる過去も癒せられなくなる。

 

現にわたしは、幾ら調子が良くても両親の喧嘩や男親が響かせる大きな物音、反抗する姉妹の声、それにキレる母親の声…こういったものに敏感であり、これらを見聞きしてしまった途端に今まで積み重ねてきた「治りかけ」のものが全部崩れ落ちる。一からのスタートだ。最悪である。

実家暮らしのメンヘラなら分かるであろうこの感覚。家族に揺らぎ、自分も不安定になり、薬の量が増え、という悪循環。脱却するにもお金がない、中には家族を支えなければならないから自分は出て行けないと思う人もいるだろう。わたしだ。

 

子どもにとって家族は世界。同じように、家から出られない人にとっても家族は世界なのだ。

家族の言葉が世間の言葉、全員からそう言われていると感じる。どう頑張っても頑張りようがない、休む時期なのだから。それなのに心を休めることが出来ずに「頑張れ」の言葉の通り頑張ろうとして病状は悪化していくばかり。休んで良いんですよ、と言われてもそもそも休まる場所なんてない。

こうなってしまうと後はもう自分が変わるか家族が変わるか、という問題になってくる。弱っている自分を変えるのは難しいだろう。家族の考えを変えるのも難しいだろう。八方塞がりである。

わたしはカウンセラーを利用し、自分の状態や気持ちを親に伝えてもらったが、親としてはまだまだ理解できない部分があると思う。当然だ、なったものしか分からない、考えたことのあるものにしか分からないことなのだから。

ただ、それをどう歩み寄ろうとするか、理解しようとするかで大きくこちらの状態も変化する。

 

結局は、家族なのだ。

 

家族がどう支えるかによって全てが決まると言っても過言ではない。一人で頑張りすぎた人、一人で頑張れなくなってしまった人にはサポートが重要なんだ。

「頑張れ」も「働け」も「学校へ行け」も、一旦お休みにしよう。

言われても自分は休むべき存在なんだと言い聞かせ納得するしか無い。自分で自分を癒やしてあげよう。休んでいいんだよ、大丈夫だよ、と。わたしにはそれができなかったので、一番無責任なのはわたしだと思うが。

家庭環境が良くならないのなら、家族がプレッシャーなら、親がしんどいのなら、一度通っているクリニック相談してみるのも一つの手かもしれない。入院や入寮など、クリニックによって異なるが然るべき対応はしてくれるはずだ。だってこっちは本気で悩んでいるのだから。命がけ、まさしくサバイバルである。

 

 

 

頑張らなくていい。頑張りが全てじゃない。今まで頑張ってきたんだ、少しくらい休んでも良いじゃないか。