0mg

自傷行為の話

思えばわたしは、健全なストレス発散法を知らなかった。

 

リストカットを覚えたのは中学二年生の頃だが、それ以前はストレスというストレスを抱えていることが少なかったし、強いて言えば発散という方法すら知らなくて溜め込んでいた気がする。

中学二年、いじめのような出来事に遭うという過程を通し、わたしはリストカットを覚えた。そのリストカットですらいじめの主犯者にまるで薬を勧められるかのように「やってみなよ、気持ちが落ち着くよ」と言われやってみて今でも止められずにいるのだ。

ちなみにその主犯者は今高校を無事卒業し、働いているらしい。

殺したい。

憎い。

何故お前のような人間は人生トントン拍子で歩んでいるのにわたしはずっと立ち止まったままなのだ。全部お前のせいだと言いたい。

悔しい、悔しい、苦しい。

 

勧められたというかなり不本意なリストカットだが、自分は痛いとしか感じない。よく「心の痛みのほうが強いから痛くないの…」とか言う人間が居るが、心の痛みと物理的な痛みは完全なる別物である。普通に痛い。

人より痛みを感じやすいのか、はたまた自分に度胸がないのか、常にわたしの腕は猫に引っ掻かれたような傷しか残らない。血だって殆ど出ない。

じゃあ何故リストカットをするか?と問われたら、わたしは「自罰」と答えるだろう。

醜いわたしへの罰、不機嫌な家族を何とかできなかった罰、友人を傷付けた罰、頑張れない罰…理由なんて腐るほどあるが、とにかくわたしはわたしへ罰を与えるために自傷行為をしている。ストレス発散ではない、自分に罰を与えるために自傷行為をしている。一般的な人間のストレスがわたしにかかれば全て罰へと変わるのだ。

これで許されるとは思っていないが、こうでもしないと自分の気が済まない。

血が見たいだとか血を見ると落ち着くだとかそんなことは全くなく、ただただ「ごめんなさい」の気持ちで切り続けている。

 

しかしわたしも、これを続ける訳にはいかないと感じている。でも、いずれはやめなければいけない、と思いつつ切らない代わりに自分の体を殴ったり引っ掻いて傷を付けたりと、どんどん色々な方法を身に着けてしまう。

どうしようもないのだ。わたしは健全なストレス発散法を知らない。一度覚えてしまったらそれこそ切り替えなんて不可能に近いし、スポーツや音楽を聞いても自分に罰を与えたことにはなりやしない。意味がない。

 

 

リストカットはよく「かまってちゃん」だと思われる。

わたしのように自罰の意味だったり単に血が見たい人間はかまってちゃんではない、と思う。かまってほしくてやっている訳ではないし、寧ろわたしの場合自殺未遂を繰り返う事がかまってちゃん的行動だ。

ではわたしとは違い、「自分の苦しみに気付いて欲しい」と思って自傷行為をする人間がかまってちゃんなのか?

そうではない。SOSを出すことがかまってちゃんになるのなら、極論無人島に一人漂流してしまった時に偶然通りかかったヘリコプターに助けを求める人間もかまってちゃんということになる。違うだろう、それは。

じゃあ何がかまってちゃんなのか?といえば、きっとかまってちゃんなんて誰一人いないのだ。

誰しも苦しさやつらさを抱えていて、助けを求めていて、気付いてほしくて、例えそれで自傷行為をしても周りからかまってちゃんだ、かまってほしいだけだ、と言われる筋合いなどない。

マイノリティなのは自覚しているし、血が苦手な人や耐性のない人からしたら気持ち悪いと思われるかもしれないだろう。

確かにリストカットしたての腕や明らかに見える跡を堂々と公の場に晒すのは、色々思われても仕方がない。でもそれは自己責任だ。衝動的だとしても、やったことに変わりはない。

そしてこの行為は、万人から受け入れられるものではない。

しかし目を向けて欲しいのは、「何故そうすることにしか頼れなくなったのか」という背景だと思う。

特に身近に自傷行為をしている人がいる場合、どうして自分に傷を付ける事でしかストレスが発散できなくなったのか、その経緯に重点を置いて考えて欲しい。

「寂しかった、自分を見てほしかった」と言う人もいるだろう。その事自体に触れられたくなくて拒絶する人もいるだろう。

原因が分からなくてもいい。ただ、拒絶する前にどうしてなのかを考えて欲しいだけなのだ。きっと、身近な人間から「何かあった?」と一言言われるだけで救われる人間も居るだろう。

 

 

これから自傷行為をしようと考えている人へ

リストカットをはじめとした自傷行為は、一般人から理解されるような事ではない。

傷を残し、跡を残せば、それだけ社会的に不利になる。

「気持ち悪い」なんて言われることだってある。

インターネットで見つけてやってみようなんて思っているのなら、今ならまだ健全な方法でストレスを発散出来るはずだ。

知らないことは、出来ないのだから。知ってしまったからやろうとするんだろう。

リストカットをしてよかったことなんて一つもないし、リストカットで死ぬことなんて不可能だ。

一生つきまとう傷を背負う覚悟はあるのか、もう一度よく考えて欲しい。

 

一度付いた傷は、心でも身体でも消えないのだから。