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愛されたかった話

いよいよ9月になりましたね。9月は自分の誕生日。生まれた日。死にたいと思って生きるなんて全く想像もつかなかっただろう。生まれてきてごめんなさい。そこそこでいいから幸せが欲しかったしそれも贅沢なら死にたいと思わないような人生でありたかったです。我儘ですか。

 

誕生日。

きっと生まれてきた時は沢山可愛がられたに違いない。愛されたに違いない。記憶にないから実際どうだったのかは不明だが。きっと、そうだと信じたい。

 

 

 

 

わたしの記憶が残っている頃からは、親の喧嘩は日常茶飯事だった。

家族で出掛けるにしても必ず喧嘩喧嘩喧嘩…からの冷戦状態である。

人前ではそういった素振りを一切見せないので現地に着いてからは父親の多少の不機嫌で済んだものの、移動中の車内は本当に最悪だ。今すぐここから出たいとすら覚えた。

おかげで一緒に外出するのは、あまり楽しくなかった記憶しかない。

たまに思い出話で「ここに行った時あれがあって~」「楽しかったよね~」と言われるが、そこへ行くまでの事を覚えていないのかわたし達子どもに気を遣っているのか、喧嘩したことやあまりいい空気でなかったことについては一切触れて来なかったし、わたし達も触れることはなかった。

 

 

そんな状態の家庭で、親に甘えるということを覚えられなかった。喧嘩の光景を見てしまった自分の思考は「親は怖い、怒らせないようにしなければ」だったから。だから、甘えることはできなかったし怒らせたり不機嫌にさせるようなことは今でもできない。

小学校中学校でのテストでも、点数が上がると喜ばれたが下がると怒られた。一応、順位は100人以上居る中でも20~30位程をキープしていたので普通だとは思う。

点数を上げれば上げるほど下がることは許されなかった。

否、許されたかもしれないが怒られるのが怖くて自分自身が許したくなかった。

 

怒られたくない。嫌われたくない。不機嫌にさせたくない。

褒められたい。認められたい。そして一番に愛されたい。

 

この感情で動いていたと思う。頭が良くなりたいだとかの自分の感情は、一切なかった。

結局今は通信に通っているが、その影響か今でもテスト前になると情緒不安定に拍車がかかる。「良い点を取らないと怒られる」がずっと染み付いて消えないのだ。もう怒られないのに。

 

 

現在わたしは一般的なレールで考えると高校を卒業して進学か就職している。実際は未だに高校生だが。それでも、友人と遊びに行くにしても8時頃を過ぎたら父親は不機嫌、不機嫌な父親によって他の人も不機嫌に、のループだからあまり外出する機会はない。

夜の外出だけに過ぎず、父親と母親が二人きりになるのだけは避けたいので自主的に誘いを何かしら理由をつけて断ることだってある。

母親は「もっと外に出ろ」と言うが、基本土曜日は病院で日曜日は学校。平日しか空いていないが平日は知り合いは皆んな学校か仕事。夜しか出かける機会はないのである。まさか日中車も免許もない自分が自転車や自分の足を使って一人で遊びに行けと言っているのかこの人は、と思う。

 

 

 

 

以前の記事でも話したが、兄弟姉妹で真ん中というのは本当に不利だと思う。

s1mzzz.hatenablog.com

 

 長女は長女としての役割があり、それなりに大変だと聞く。子育ての実験台、とも。しかしわたしの姉はそれをバネにして自分で自分なりの生き方を身に着け人生を謳歌している。素晴らしいと思う。わたしだったら出来ないな。でも、夜出歩いて家族の不機嫌を増幅させるのはご遠慮願いたい。自分がいないから良いんじゃなく、責任を取って機嫌を取るのはわたしなのだ。正直かなり迷惑である。

末っ子は甘える術を知っている。甘えて、人の懐に入るのが得意だ。見ていて分かる。何だかんだで一番愛されているのはこの妹なんじゃないかと思う。私立の通信に通わせて貰ったり、家族から離れるために寮生活をさせてもらったり。愛されている自覚があるのかないのかは分からないが、それなのに愛されたいと言うのは何と贅沢なんだろうとたまに思う。

ちなみに何度も言うとおり、二人とも容姿が整っている。姉は美人、妹は可愛い。贔屓目なしでも絶対に誰もが思うだろう。

 

その残りカスとでも言えるような存在、mg。

勉強できない見た目は汚い要領悪くて生きてる意味ない!Yoチェケラ!

 

 

死にたい。

 

 

わたしだって愛されたかった。出来ることならわたしを一番に見て一番に愛して欲しかった。現実問題、優先順位最下位なのだが。

親から愛されたかった気持ちを友人や恋人で埋めようとしても駄目なのだ。親から欲しかった愛情は親しか埋められなかった。代替品など通用しない。形容するなら、穴の空いたコップだ。穴の空いたコップに愛情をいくら注がれても満ち足りることはない

しかも子どもの頃与えられるはずだった愛情、本来受け取るべきタイミングに受け取らないと何の意味もない。ようやく愛されたとしても今となっては「何を今更」と思ってしまうのでやっぱり愛されるべき時に愛されなければ駄目だったんだと思う。後からごめんねと言われても、大好きだよと言われても、認められても、後の祭りだ。

 

わたしは家族が嫌いだ。

今までずっと嫌いになりませんように、嫌いなんて思いませんようにと自分に言い聞かせてきたが、やはり嫌いなものは嫌いなのである。

嫌いというか、憎い。

わたしの人生勿論わたしの責任で自分が選んできた道なのだが、それでもその道を選ばざるを得なくなった原因は家族にもあるのではないのだろうか。

 

完全に責任転嫁でしかない。でも、それでも、愛されたかったこの気持ちは一生埋まらないしこの先愛されても愛情を知らないわたしは愛されていることに自覚できずに愛されたいと嘆くだろうし、文句を言われたとしても「じゃああの時わたしをもっと見て愛してくれよ」といった気持ちになるだろう。

 

 

 

ごめんね、嫌いになってしまってごめんなさい。