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褒められるのが苦手な話

わたしはどうも、褒められるのが苦手だ。

昔から褒められるとどう返していいのか分からなくて「照れている」と思われがちだったが、照れているわけではなくただ単に苦手なのだ。

 

 

 

前回の記事

s1mzzz.hatenablog.com

 

承認欲求が満たされない、褒められたいと散々喚いておいて苦手だというのは些か申し訳なく思うが、どうしても苦手なのである。しかしその「褒められること」にも素直に嬉しいもの、苦手なものがあるのでまずは例として以下を見て欲しい。

 

 

 

例えば、新しい服を買って友人と遊びに出掛けたとしよう。

「その服可愛いね!」

こう言われたら、貴方ならどう思うだろうか?

 

わたしは嬉しい。

そうだよね、この服可愛いから買ったんだもん嬉しいに決まっている。

この場合、わたしは素直に「ありがとう」「可愛いよね」と言える。事実だから。わざわざ否定することもないと思っている。この場合は、だ。

ここで考えてみると、友人は「わたしの買った服そのもの」と「わたしのセンス」どちらを褒めているのだろうか。

自分だったら、前者だと思う。

つまり、自分が褒められている訳ではなく、身に付けている物や持っている物に対する賞賛は素直に受け取れるのだ。

 

しかしこの言葉に「mgちゃんのセンスいいね!」という言葉が入った場合、わたしは素直に喜べない。

何故なら、わたしが持っている物ではなく「わたし自身」を褒めていることになるからだ。

わたしは自尊心が低い、と自分で思っている。自分を大切に出来ない、自分なんか…と思ってしまう。自分を他人よりずっとずっと下に見ているのだ。

だからこそ、自分が褒められることに対して素直に喜べない。自分が嫌いな自分を褒めるなんて趣味が悪い、何か裏があるんじゃないか、そう思う。

現に女子の言う「可愛い」なんてもう常套句で使い慣らされたものだ。そこに感情が入っていないこともあるし、表では可愛いと言い裏では調子に乗っていると言う、そういうことも少なくない。経験者は語る。

 

 

けれど、だからと言って褒められないのも寂しいものだ。

新しい服、新しいコスメ、変えたメイク、髪型、痩せた自分等々…

これらは信じられないし素直に喜べないことも沢山あるが、それでも褒められたら有難く思うし、褒められなかったら「自分は評価されない人間=価値がない」と思いがちだ。

 

 

面倒臭いな、わたし。

 

 

わたしが褒められて嬉しいものと苦手なものをもう一度おさらいすると、

 

・自分の身につけている物、持っている物(自分以外の物や人等)に対する賞賛は嬉しい

・自分に関すること(性格、容姿等)に対する賞賛は苦手

 

ということになる。わたし以外にもいるのではないだろうか。褒められるの、苦手な人。

 

ここでわたしは考えた。

「どうしたら自分を褒めて貰った時に素直に喜べるのか」

と。

本心で褒めてもらっているのなら、信用できないのも心から喜べないのも相手に申し訳ない。少しでも心の底から嬉しい、と思えるようになりたい。

 

 

結果、自尊心を高めるしかない。

 

 

 

 

それが一番難しいんだよ馬鹿野郎。